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いちじくの起源3 日本のイチジク史

さてさて、日本のイチジクの歴史です!

 わが国には、原産地方から東進し、中国を経て渡来したという、説と寛永年間(1624~1643)に西南洋の種を得て長崎に植え、ここから全国各地にひろまったという説がある。

中国の在来種は葉の欠刻が少なくわが国の在来種に類似している。とのことであり、この両種について形質を調査することは、イチジク導入経路の明確化のためにも重要である。また、在来のイチジクを唐柿、蓬莱柿、南蕃柿と称していたことからも、外来の物であることは確かである。

わが国に自生しているイヌビワは、古名をイチジク(イタブ、コイチジク、天仙果)と呼ばれたがこの植物は今日のイチジクとは種が異なり別な物である。

 江戸時代には、紫果品、白果品の2品種が栽培され広島は特に有名な産地であったという、また「舶来果樹要覧」によると明治初年に洋種イチジク4種を導入に明治の終わりから大正の初めにかけては、さらに多数の品種が主としてアメリカから導入されている。

日本のイチジク生産はもっぱら生果用であり、欧米のように乾果として生産されないため、大きな産業にはなっていない。本格的な栽培は大正時代になってから始まり、富樫常治(1922)は大正十年ごろ栽培面積を700~1000haと推定している。戦後激減し昭和28年には600haにまで回復した。
当時栽培されていた、品種の割合は、桝井ドーフィンが50%、蓬莱柿12%、ビオレドーフィン9%、ホワイトゼノア8%、ブラウンターキー5%その他16%となっている。昭和40年代に約700ha昭和50年代に入ってようやく1000haに到達した。

わが国のイチジクの歴史は400年経過したことになるが、近年の生産量は世界生産の約1%であり、他の果樹と比べれば変動の少ない方である。

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